浜田杏堂(読み)はまだ きょうどう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「浜田杏堂」の解説

浜田杏堂 はまだ-きょうどう

1766-1815* 江戸時代後期の医師,画家。
明和3年生まれ。大坂の人。医師の浜田氏の養子となり,名医としてきこえた。画を福原五岳(ごがく)にまなび,のち元(げん)・明(みん)(中国)の画をまねて山水人物花鳥をこのんでえがいた。行書も得意とした。文化11年12月22日死去。49歳。本姓は名和。名は世憲。字(あざな)は子徴。別号に希庵など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む