( 1 )西鶴当時はまだ、仮名草子と呼ばれており、「浮世草子」の称は、宝永年間(一七〇四‐一一)頃から行なわれたが、その時点では当時の「浮世」の意味を反映して、享楽的で猥雑な好色本と同義に使われた。
( 2 )正徳(一七一一‐一六)頃、西川祐信の春本まがいの好色本が出ると、それらと区別して、好色物ではあるが、当時の世態人情を描く本の意で使われた。
( 3 )作品の内容が長編化し時代物が主流になる中で、享保(一七一六‐三六)以後は、「読本」と称されることも多くなるが、江戸読本の隆盛期を迎える文化文政(一八〇四‐三〇)期以後は、それらと区別して、「浮世草子」の語も復活した。これを受けつぎ、明治以後、西鶴やその周辺の作家の作品、及び八文字屋本などを示す文学史上の用語として定着した。
1682年(天和2)刊の井原西鶴(さいかく)作『好色一代男』を起点に、100年間主として京坂で行われた、社会の風俗描写を基本的な方法とする小説群の総称。
[長谷川強]
『好色一代男』は当時の現実肯定的風潮の下に、着想、描写の奇警さで歓迎され、西鶴自身『好色二代男』以下の好色物を出すとともに、『武道伝来記』などの武家物、『日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)』『世間胸算用(むねさんよう)』などの町人物、『西鶴諸国ばなし』などの雑話物と対象を広げ、題材、方法ともに新境地を開き、以後の作者の指針となった。同時期に京都の本屋西村市郎右衛門の作(西村本)があるが、西鶴に及ばない。西鶴の好色物はとくに歓迎され、1693年(元禄6)の西鶴没後も亜流の好色短編集が多出したが、雲風子林鴻(うんぷうしりんこう)の『好色産毛(うぶげ)』、夜食時分(やしょくじぶん)の『好色万金丹(まんきんたん)』はそのなかの秀作である。
[長谷川強]
第1期末の好色物一辺倒の風潮を破ったのが、西沢一風(いっぷう)の『御前義経記(ごぜんぎけいき)』(1700)と江島其磧(えじまきせき)の『けいせい色三味線(いろじゃみせん)』(1701)である。前者は古典、演劇の利用により伝奇化、長編化の道を開き、後者は構成の整正、複雑と趣向の奇で人気を得た。後者の版元の京都の八文字屋(はちもんじや)八左衛門(号自笑(じしょう))の才と、一風、其磧両者の競作がこの期の浮世草子界の動向を定めた。古典利用による長編化と新題材の採取、演劇色導入による筋の複雑化、演劇と同一事件を取り上げての長編事実小説、それらを覆う構成、趣向の重視などが作品にうかがえる。都の錦(みやこのにしき)は和漢古典利用による衒学的(げんがくてき)な作品を出し、北条団水(だんすい)、青木鷺水(ろすい)、月尋堂(げつじんどう)などが和漢説話に題材を得た短編集を出し、錦文流(にしきぶんりゅう)に長編の事実小説の作がある。しかし一風、其磧の抗争は、1711年(正徳1)の其磧の『傾城禁短気(けいせいきんたんき)』という当期の趣向重視の傾向の頂点となる作により、其磧の勝利に終わり、一風は浮世草子の作から遠ざかるようになる。
[長谷川強]
其磧は八文字屋より作品を出していたが、1711年前後より利益配分をめぐって八文字屋と抗争する。其磧に有利な解決を得られぬままに和解に至るが、その間に八文字屋を圧倒しようと新趣向の作を出すことに努力し、『世間子息気質(むすこかたぎ)』(1715)などの気質物を創始したこと、実際事件と浄瑠璃(じょうるり)、歌舞伎(かぶき)の趣向、構成法を結び付けた長編の時代物を書き始めたことは注目される。和解後、浮世草子界は本屋八文字屋と作者其磧の制圧下に置かれ、江戸移出のルートもできた。後年八文字屋本の称が生まれるのもこの全盛を背景とする。この間、其磧の作の多くは浄瑠璃、歌舞伎翻案の時代物で、長編小説構成技法の進歩にみるべきものがあるが、前期の作の緊張は失われるに至る。この期は其磧の死をもって終わる。
[長谷川強]
八文字屋は其磧にかわって多田南嶺(ただなんれい)を作者に起用する。南嶺は学者であるが、余技に筆をとり、浄瑠璃、歌舞伎翻案の時代物が多い。気質物の『鎌倉諸芸袖日記(そでにっき)』(1743)が代表作である。彼の作は皮肉で才気に満ち、複雑で技巧的であるが、余技の気安さからか質的にむらが多い。1750年(寛延3)の彼の死後、自笑の孫八文字瑞笑(ずいしょう)らが時代物を出すが、力量不足のうえに、時代物の基盤であった上方(かみがた)の浄瑠璃界の衰退という事情もあり、振るわず、1766年(明和3)八文字屋は従来出版の版木の大部分を他に譲渡し、浮世草子出版の第一線から退くに至る。
[長谷川強]
この期の初めに上田秋成(あきなり)が和訳(わやく)太郎の筆名で出した気質物『諸道聴耳世間猿(しょどうききみみせけんざる)』(1766)、『世間妾形気(てかけかたぎ)』(1767)は秀作であるが、気質物を多作したのは永井堂亀友(ながいどうきゆう)で、奇を求め人情を離れた極端な性格を描き、凡作が多い。大雅舎其鳳(たいがしゃきほう)(荻坊奥路(おぎのぼうおくろ))を作者に大坂の吉文字屋(きちもんじや)市兵衛が浮世草子を多く出し、当時流行の中国白話(はくわ)小説の利用など努力はみられるが、才能不足で浮世草子回生の効はなかった。江戸の地の新興文学隆盛に反し、浮世草子はやがて衰滅するのである。
[長谷川強]
『野間光辰校注『日本古典文学大系91 浮世草子集』(1966・岩波書店)』▽『長谷川強著『浮世草子の研究』(1969・桜楓社)』▽『長谷川強他校注・訳『日本古典文学全集37 仮名草子集・浮世草子集』(1971・小学館)』
1682年(天和2)の井原西鶴の《好色一代男》より約100年,天明初年までのあいだ,主として京坂の地で行われた,現実的な態度で風俗・人情を描くことを基本的な姿勢とする小説の総称。西鶴の活動によって,町人はみずからの文学をはじめて獲得したといってよい。浮世草子の語の用例は1600年代末より散見するが,好色物を主とする理解がなされており,使用は一般的でなく,明治以後文学史の術語として採用された。当時の現実肯定的な風潮と遊女評判記の盛行の下に成った《一代男》は絶大な人気を得,西鶴はつぎつぎと好色物を書き,人間臭い奇異談集《西鶴諸国ばなし》(1685)などの雑話物,武士を扱う《武道伝来記》(1687)などの武家物,町人の経済生活を扱う《日本永代蔵》(1688)などの町人物と,金銭など従来文学で避けられたものまでを対象に,鋭利な人間観察と印象鮮烈な表現による新境地を開いた。1700年(元禄13)ごろまで西鶴追随の好色短編集が多出し,夜食時分の《好色万金丹》(1694),雲風子林鴻(うんぷうしりんこう)の《好色産毛(うぶげ)》(1692-96)などが優れる。1700年刊の西沢一風の《風流御前義経記(ごぜんぎけいき)》,翌年の江島其磧(きせき)の《けいせい色三味線》より浮世草子は新方向をとる。演劇色・古典色の導入,世相への敏感な反応,趣向重視,整合性志向,長編化の傾向がそれで,頂点に立つ作は其磧の《傾城禁短気》(1711)であり,その間の都の錦,北条団水,青木鷺水(ろすい),月尋堂,錦文流の雑話物,武家物や実際の事件を脚色した長編作にも同じ風潮の反映がある。其磧は次いで《世間子息気質(むすこかたぎ)》(1715)などの気質物に新味を出し,1710年代以後人気歌舞伎・浄瑠璃翻案の長編の時代物を作る。演劇の人気で世人の関心をひき,武士的道義を盛り込んだうえに趣向をこらすことができ,没年1735年(享保20)に至るまで多くの作がある。次いで多田南嶺(なんれい)(1750没)に時代物の作が多く,気質物《鎌倉諸芸袖日記》(1743)は佳作。其磧,南嶺の作の多くは京都の八文字屋から刊行,主人八左衛門の商才もあって小説界を制圧,これを〈八文字屋本〉という。末期の作者に永井堂亀友,大雅舎其鳳(荻坊奥路)などがあるが凡作多く,和訳太郎(上田秋成)の気質物《諸道聴耳(ききみみ)世間猿》(1766)など2作が優れるのみである。小説の近世的方法は西鶴にはじまったといってよい。以後の技法面の細緻化,技巧重視は当時の工芸,芸能,文学全般とも歩調を合わせたもので,後期江戸文学にも影響を与えている。出版ジャーナリズムという面からも八文字屋の活躍は注目される。しかし特定業者の寡占が作者の独自性をそこない,新しい文学の波に乗りきれずに衰滅に至る。
執筆者:長谷川 強
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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近世小説の一様式。1682年(天和2)井原西鶴作「好色一代男」の刊行後,西鶴自身により,またその作品の影響のもとでさまざまな作者の手により,明和頃まで主として上方で栄えた風俗小説の一群。「好色一代男」は斬新な構想・表現と娯楽性によって,それ以前の仮名草子として一括される啓蒙・教訓をもっぱらとした散文作品群と一線を画した。内容から,好色物・町人物・武家物,また説話的な物,伝奇小説的な物,気質物などに大別できる。西鶴以後の代表的作者に西沢一風・江島其磧(きせき)・多田義俊(南嶺)らがいる。作品の多くは,八文字屋本に代表されるように,出版書肆主導の体制のなかで量産された。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…発展期に至ってようやく町人作家の誕生をみる。井原西鶴が1682年(天和2)に《好色一代男》を刊行して以降,約100年間上方を中心に行われた小説を〈浮世草子〉という。浮世草子は,仮名草子に色濃く見られた教訓・実用性を超克し,現実の世相をリアルにとらえ,人間性を深くえぐり出した小説である。…
…二つ切りを〈二つ切り本〉,三つ切りを〈三つ切り本〉,四つ切りを〈四つ切り本〉という。美濃の二つ切り本を枕本(まくらぼん)ともいい,八文字屋版の浮世草子好色物にはこの形態をとるものがある。役者評判記は多く半紙二つ切り本,名所案内記,道中案内記などには三つ切り本が見られる。…
※「浮世草子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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