浮世草子(読み)うきよぞうし

精選版 日本国語大辞典 「浮世草子」の意味・読み・例文・類語

うきよ‐ぞうし ‥ザウシ【浮世草子】

〘名〙 近世小説の一種。文学史上、天和二年(一六八二)出版の井原西鶴作「好色一代男」以降、安永(一七七二‐八一)頃までの約一〇〇年間、主として上方を中心に出版された写実的な庶民文学をさす。浮世本
※浮世草子・風流比翼鳥(1707)一〇「末はよし原細見図、一つとやの数へうた、さてはとはどうしゃのうき世ぞうしなどうりあるき」
[語誌](1)西鶴当時はまだ、仮名草子と呼ばれており、「浮世草子」の称は、宝永年間(一七〇四‐一一)頃から行なわれたが、その時点では当時の「浮世」の意味を反映して、享楽的で猥雑な好色本と同義に使われた。
(2)正徳(一七一一‐一六)頃、西川祐信の春本まがいの好色本が出ると、それらと区別して、好色物ではあるが、当時の世態人情を描く本の意で使われた。
(3)作品の内容が長編化し時代物が主流になる中で、享保(一七一六‐三六)以後は、「読本」と称されることも多くなるが、江戸読本の隆盛期を迎える文化文政(一八〇四‐三〇)期以後は、それらと区別して、「浮世草子」の語も復活した。これを受けつぎ、明治以後、西鶴やその周辺の作家の作品、及び八文字屋本などを示す文学史上の用語として定着した。

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デジタル大辞泉 「浮世草子」の意味・読み・例文・類語

うきよ‐ぞうし〔‐ザウシ〕【浮世草子】

江戸時代の小説の一種。天和2年(1682)刊の井原西鶴の「好色一代男」以後、元禄期を最盛期として約80年間、上方かみがたを中心に行われた小説の一種。仮名草子と一線を画した写実的な描写が特色で、現世的・享楽的な内容。好色物町人物武家物気質物かたぎものなどに分けられ、西鶴以後は八文字屋本が中心。浮世本。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「浮世草子」の意味・わかりやすい解説

浮世草子
うきよぞうし

1682年(天和2)刊の井原西鶴(さいかく)作『好色一代男』を起点に、100年間主として京坂で行われた、社会の風俗描写を基本的な方法とする小説群の総称。

長谷川強]

第1期(1682~1699年)

『好色一代男』は当時の現実肯定的風潮の下に、着想、描写の奇警さで歓迎され、西鶴自身『好色二代男』以下の好色物を出すとともに、『武道伝来記』などの武家物、『日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)』『世間胸算用(むねさんよう)』などの町人物、『西鶴諸国ばなし』などの雑話物と対象を広げ、題材、方法ともに新境地を開き、以後の作者の指針となった。同時期に京都の本屋西村市郎右衛門の作(西村本)があるが、西鶴に及ばない。西鶴の好色物はとくに歓迎され、1693年(元禄6)の西鶴没後も亜流の好色短編集が多出したが、雲風子林鴻(うんぷうしりんこう)の『好色産毛(うぶげ)』、夜食時分(やしょくじぶん)の『好色万金丹(まんきんたん)』はそのなかの秀作である。

[長谷川強]

第2期(1700~1711年)

第1期末の好色物一辺倒の風潮を破ったのが、西沢一風(いっぷう)の『御前義経記(ごぜんぎけいき)』(1700)と江島其磧(えじまきせき)の『けいせい色三味線(いろじゃみせん)』(1701)である。前者は古典、演劇の利用により伝奇化、長編化の道を開き、後者は構成の整正、複雑と趣向の奇で人気を得た。後者の版元の京都の八文字屋(はちもんじや)八左衛門(号自笑(じしょう))の才と、一風、其磧両者の競作がこの期の浮世草子界の動向を定めた。古典利用による長編化と新題材の採取、演劇色導入による筋の複雑化、演劇と同一事件を取り上げての長編事実小説、それらを覆う構成、趣向の重視などが作品にうかがえる。都の錦(みやこのにしき)は和漢古典利用による衒学的(げんがくてき)な作品を出し、北条団水(だんすい)、青木鷺水(ろすい)、月尋堂(げつじんどう)などが和漢説話に題材を得た短編集を出し、錦文流(にしきぶんりゅう)に長編の事実小説の作がある。しかし一風、其磧の抗争は、1711年(正徳1)の其磧の『傾城禁短気(けいせいきんたんき)』という当期の趣向重視の傾向の頂点となる作により、其磧の勝利に終わり、一風は浮世草子の作から遠ざかるようになる。

[長谷川強]

第3期(1712~1735年)

其磧は八文字屋より作品を出していたが、1711年前後より利益配分をめぐって八文字屋と抗争する。其磧に有利な解決を得られぬままに和解に至るが、その間に八文字屋を圧倒しようと新趣向の作を出すことに努力し、『世間子息気質(むすこかたぎ)』(1715)などの気質物を創始したこと、実際事件と浄瑠璃(じょうるり)、歌舞伎(かぶき)の趣向、構成法を結び付けた長編の時代物を書き始めたことは注目される。和解後、浮世草子界は本屋八文字屋と作者其磧の制圧下に置かれ、江戸移出のルートもできた。後年八文字屋本の称が生まれるのもこの全盛を背景とする。この間、其磧の作の多くは浄瑠璃、歌舞伎翻案の時代物で、長編小説構成技法の進歩にみるべきものがあるが、前期の作の緊張は失われるに至る。この期は其磧の死をもって終わる。

[長谷川強]

第4期(1736~1766年)

八文字屋は其磧にかわって多田南嶺(ただなんれい)を作者に起用する。南嶺は学者であるが、余技に筆をとり、浄瑠璃、歌舞伎翻案の時代物が多い。気質物の『鎌倉諸芸袖日記(そでにっき)』(1743)が代表作である。彼の作は皮肉で才気に満ち、複雑で技巧的であるが、余技の気安さからか質的にむらが多い。1750年(寛延3)の彼の死後、自笑の孫八文字瑞笑(ずいしょう)らが時代物を出すが、力量不足のうえに、時代物の基盤であった上方(かみがた)の浄瑠璃界の衰退という事情もあり、振るわず、1766年(明和3)八文字屋は従来出版の版木の大部分を他に譲渡し、浮世草子出版の第一線から退くに至る。

[長谷川強]

第5期(1767~1783年)

この期の初めに上田秋成(あきなり)が和訳(わやく)太郎の筆名で出した気質物『諸道聴耳世間猿(しょどうききみみせけんざる)』(1766)、『世間妾形気(てかけかたぎ)』(1767)は秀作であるが、気質物を多作したのは永井堂亀友(ながいどうきゆう)で、奇を求め人情を離れた極端な性格を描き、凡作が多い。大雅舎其鳳(たいがしゃきほう)(荻坊奥路(おぎのぼうおくろ))を作者に大坂の吉文字屋(きちもんじや)市兵衛が浮世草子を多く出し、当時流行の中国白話(はくわ)小説の利用など努力はみられるが、才能不足で浮世草子回生の効はなかった。江戸の地の新興文学隆盛に反し、浮世草子はやがて衰滅するのである。

[長谷川強]

『野間光辰校注『日本古典文学大系91 浮世草子集』(1966・岩波書店)』『長谷川強著『浮世草子の研究』(1969・桜楓社)』『長谷川強他校注・訳『日本古典文学全集37 仮名草子集・浮世草子集』(1971・小学館)』


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改訂新版 世界大百科事典 「浮世草子」の意味・わかりやすい解説

浮世草子 (うきよぞうし)

1682年(天和2)の井原西鶴の《好色一代男》より約100年,天明初年までのあいだ,主として京坂の地で行われた,現実的な態度で風俗・人情を描くことを基本的な姿勢とする小説の総称。西鶴の活動によって,町人はみずからの文学をはじめて獲得したといってよい。浮世草子の語の用例は1600年代末より散見するが,好色物を主とする理解がなされており,使用は一般的でなく,明治以後文学史の術語として採用された。当時の現実肯定的な風潮と遊女評判記の盛行の下に成った《一代男》は絶大な人気を得,西鶴はつぎつぎと好色物を書き,人間臭い奇異談集《西鶴諸国ばなし》(1685)などの雑話物,武士を扱う《武道伝来記》(1687)などの武家物,町人の経済生活を扱う《日本永代蔵》(1688)などの町人物と,金銭など従来文学で避けられたものまでを対象に,鋭利な人間観察と印象鮮烈な表現による新境地を開いた。1700年(元禄13)ごろまで西鶴追随の好色短編集が多出し,夜食時分の《好色万金丹》(1694),雲風子林鴻(うんぷうしりんこう)の《好色産毛(うぶげ)》(1692-96)などが優れる。1700年刊の西沢一風の《風流御前義経記(ごぜんぎけいき)》,翌年の江島其磧(きせき)の《けいせい色三味線》より浮世草子は新方向をとる。演劇色・古典色の導入,世相への敏感な反応,趣向重視,整合性志向,長編化の傾向がそれで,頂点に立つ作は其磧の《傾城禁短気》(1711)であり,その間の都の錦,北条団水,青木鷺水(ろすい),月尋堂錦文流の雑話物,武家物や実際の事件を脚色した長編作にも同じ風潮の反映がある。其磧は次いで《世間子息気質(むすこかたぎ)》(1715)などの気質物に新味を出し,1710年代以後人気歌舞伎・浄瑠璃翻案の長編の時代物を作る。演劇の人気で世人の関心をひき,武士的道義を盛り込んだうえに趣向をこらすことができ,没年1735年(享保20)に至るまで多くの作がある。次いで多田南嶺(なんれい)(1750没)に時代物の作が多く,気質物《鎌倉諸芸袖日記》(1743)は佳作。其磧,南嶺の作の多くは京都の八文字屋から刊行,主人八左衛門の商才もあって小説界を制圧,これを〈八文字屋本〉という。末期の作者に永井堂亀友,大雅舎其鳳(荻坊奥路)などがあるが凡作多く,和訳太郎(上田秋成)の気質物《諸道聴耳(ききみみ)世間猿》(1766)など2作が優れるのみである。小説の近世的方法は西鶴にはじまったといってよい。以後の技法面の細緻化,技巧重視は当時の工芸,芸能,文学全般とも歩調を合わせたもので,後期江戸文学にも影響を与えている。出版ジャーナリズムという面からも八文字屋の活躍は注目される。しかし特定業者の寡占が作者の独自性をそこない,新しい文学の波に乗りきれずに衰滅に至る。
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百科事典マイペディア 「浮世草子」の意味・わかりやすい解説

浮世草子【うきよぞうし】

江戸中期の小説の一形態。啓蒙教訓的な仮名草子に発し,西鶴の《好色一代男》(1682年)以後,宝暦・明和(1751年―1772年)ごろまで大坂,京都を中心に行われた現実主義的・娯楽的な町人文学をさす。好色物,町人物,武家物,気質物などの諸分野があり,代表作家は井原西鶴西沢一風都の錦江島其磧ら。
→関連項目上田秋成けいせい色三味線好色一代男好色一代女好色五人女好色本西鶴置土産世間子息気質世間胸算用多田南嶺団水錦文流日本永代蔵八文字屋自笑八文字屋本武道伝来記木版画森銑三淀屋辰五郎

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「浮世草子」の意味・わかりやすい解説

浮世草子
うきよぞうし

江戸時代前期~中期に行われた小説の一種。天和2 (1682) 年の井原西鶴の『好色一代男』以後,宝暦,明和 (1751~72) 頃まで約 80年にわたり,上方中心に行われた現実主義的で娯楽的な町人文学をさす。ただし西鶴当時は西鶴の作品は仮名草子と呼ばれており,浮世草子の名称が生れたのは宝永年間 (04~11) 。「浮世」とは中世の「憂世」に代るものであり,「享楽的」「当世的」などの意をもつ。遊里や劇場を舞台に町人の享楽生活を描いた好色物,町人の経済生活を描いた町人物,諸国咄 (ばなし) 的要素をもつ雑話物,そのほか武家物,怪異物,伝奇小説などを含む。初期の西鶴時代は大坂中心,宝永頃からの八文字屋本全盛期は京都中心。作者には西鶴のほかに錦文流西沢一風都の錦江島其磧らがいる。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「浮世草子」の解説

浮世草子
うきよぞうし

近世小説の一様式。1682年(天和2)井原西鶴作「好色一代男」の刊行後,西鶴自身により,またその作品の影響のもとでさまざまな作者の手により,明和頃まで主として上方で栄えた風俗小説の一群。「好色一代男」は斬新な構想・表現と娯楽性によって,それ以前の仮名草子として一括される啓蒙・教訓をもっぱらとした散文作品群と一線を画した。内容から,好色物・町人物・武家物,また説話的な物,伝奇小説的な物,気質物などに大別できる。西鶴以後の代表的作者に西沢一風・江島其磧(きせき)・多田義俊(南嶺)らがいる。作品の多くは,八文字屋本に代表されるように,出版書肆主導の体制のなかで量産された。

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旺文社日本史事典 三訂版 「浮世草子」の解説

浮世草子
うきよぞうし

江戸前期〜中期につくられた小説類の総称
井原西鶴の『好色一代男』がその始まりといわれ,以来安永・天明(1772〜89)ころまでの約100年間,主として京坂地方に流行した。以前の仮名草子に対する小説の概念で,町人・武家社会の世相・生活を写実的に描いた風俗小説。内容により好色物・町人物・武家物などに分類される。

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世界大百科事典(旧版)内の浮世草子の言及

【上方文学】より

…発展期に至ってようやく町人作家の誕生をみる。井原西鶴が1682年(天和2)に《好色一代男》を刊行して以降,約100年間上方を中心に行われた小説を〈浮世草子〉という。浮世草子は,仮名草子に色濃く見られた教訓・実用性を超克し,現実の世相をリアルにとらえ,人間性を深くえぐり出した小説である。…

【横本】より

…二つ切りを〈二つ切り本〉,三つ切りを〈三つ切り本〉,四つ切りを〈四つ切り本〉という。美濃の二つ切り本を枕本(まくらぼん)ともいい,八文字屋版の浮世草子好色物にはこの形態をとるものがある。役者評判記は多く半紙二つ切り本,名所案内記,道中案内記などには三つ切り本が見られる。…

※「浮世草子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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