浦池村(読み)うらのいけむら

日本歴史地名大系 「浦池村」の解説

浦池村
うらのいけむら

[現在地名]土成町浦池

成当(なりとう)村の北に位置し、東は板野郡宮河内(みやごうち)村、土成村、西は切幡(きりはた)村・尾開(おばり)村(現市場町)。承和一三年(八四六)阿波介に任じられた山田宿禰古嗣が築いたと伝える大(おお)池がある。大池は地震により陥没してできたともいい、大場(おおば)山・赤田(あかんた)山などの裏にあたるので裏の池(浦池)とよび、村名の由来ともなったと伝える。中世は秋月(あきづき)庄に含まれたとみられ、秋月八幡宮(現市場町)の寛永一七年(一六四〇)の棟札に秋月五ヶ之庄のうちとして浦池とある。阿波郡に属し、慶長期(一五九六―一六一五)のものと推定される国絵図には「うらの池」とみえる。同二年の分限帳では成当村および当村の二六〇石を蜂須賀対馬守、同じく両村の一三一石余を山崎六郎右衛門が知行。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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