浦神村(読み)うらかみむら

日本歴史地名大系 「浦神村」の解説

浦神村
うらかみむら

[現在地名]那智勝浦町浦神

八郎(はちろう)山南東麓の海岸部と、玉(たま)ノ浦を形づくる半島にかけて広がる。北東は粉(こ)ノ白(しろ)村。村の北部を熊野街道大辺路が通る。「続風土記」は、村名は産土神として浦神社を祀っていたことによるとする。慶長検地高目録によれば村高九一石余。文政元年(一八一八)の郷帳(「那智勝浦町史」所収)によれば村高九二石余、家数七八で内訳は本役一四、庄屋・肝煎・歩行合四、半役・隠居二四など、人数六六五(男三二六・女三三九)、牛一七、船数四二とするが内訳は漁船八・中船一〇・小舟三三・通船一、網数一二(鮗網一・細魚網四・地引網四・えさ網三)、鉄砲二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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