海上五十狭茅(読み)うなかみの いさち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「海上五十狭茅」の解説

海上五十狭茅 うなかみの-いさち

日本書紀」にみえる豪族
神功(じんぐう)皇后新羅(しらぎ)(朝鮮)からの帰途,忍熊(おしくまの)皇子らの反乱を知り難波(なにわ)へむかったが,船がすすまなくなった。五十狭茅が稚日女尊(わかひるめのみこと)を生田(神戸市)にまつると,すすむことができたという。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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