海屋新田村(読み)かいおくしんでんむら

日本歴史地名大系 「海屋新田村」の解説

海屋新田村
かいおくしんでんむら

[現在地名]十四山村海屋新田

東は善太ぜんた川・日光につこう川の合流点、北は善太川を隔てて鍋蓋なべぶた新田村(現蟹江町)に面する延享四年(一七四七)開墾小村。「徇行記」によれば、村高一〇二石余はすべて蔵入地で、田は五町六反九畝余、畑は四町二反三畝余。竹田たけだ新田の庄右衛門の開墾で、安永三年(一七七四)検地を受けた。「潤屋新田二町三反ホト是ハ文化六巳年ヨリ十五ケ年作取冥加米一石ツヽナリ、作取年限明、御高成ノ上、見立免ヲ以テ御年貢上納ノ筈、地主ハ善太新田服部冨八・犬井村大河内金兵衛・善太新田周吉・竹田新田彦次郎ナリ」と記し、作取冥加米の提出、作取年限明の高成、見立免年貢上納という新田造成の一方法を採用したことが知れ、尾張藩の新田造成に拍車をかける契機となったといえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 鍋蓋 タケ

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む