海沢村(読み)うなざわむら

日本歴史地名大系 「海沢村」の解説

海沢村
うなざわむら

[現在地名]奥多摩町海沢

氷川ひかわ村の南東多摩川南岸に位置する。鍋割なべわり山の北面を流れる海沢谷が地内で多摩川に合流する。田園簿に村名がみえ、高九四石余(皆畑)。寛文八年(一六六八)の三田領海沢村検地帳(木村家文書)が残る。元禄郷帳では高二六七石余。「風土記稿」によれば、山丘ばかりの地で平坦地が少ない。時期は未詳ながら東西二ヵ村に分れ、西は上海沢、東は下海沢と称し、両所に高札場が置かれた。家数八四。上海沢の小名に寺野てらの大加おおか寒庭かんにわ(神庭)上平うわだいら大海沢おおなざわ上坂あがつさかなど、下海沢の小名に下野しもの越沢こいざわ・大加がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む