深川寺町裏続蛤町(読み)ふかがわてらまちうらつづきはまぐりちよう

日本歴史地名大系 「深川寺町裏続蛤町」の解説

深川寺町裏続蛤町
ふかがわてらまちうらつづきはまぐりちよう

[現在地名]江東区深川二丁目

蛤町四町の一。深川蛤ふかがわはまぐり町とも称した。蛤町は何ヵ所かに離れて町があったが、当町は深川寺町裏続と通称される。東は冬木ふゆき町・賄方組屋敷。西は佐賀さが町代地、南は南本所石原みなみほんじよいしわら代地町・平野ひらの町添地、北は入堀いりぼり川や玄信げんしん寺・心行しんぎよう寺などの境内裏手に接し、この地域だけでも町域が一体とはなっていない。江戸初期には海辺うみべ新田の内であったが、寛永―慶安(一六二四―五二)頃、将軍御成の節に土地の者が蛤を献上したことから蛤町と名付けられたという(文政町方書上)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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