清ヶ谷村(読み)せいがやむら

日本歴史地名大系 「清ヶ谷村」の解説

清ヶ谷村
せいがやむら

[現在地名]大須賀町山崎(やまざき)

横須賀(よこすか)城下の北西に位置し、南西に小谷田(おやだ)新田がある。村名の由来は、石花(せい)貝が多く発見された谷があったことから寛永三年(一六二六)には村の名前になったとか(郷里雑記)、当村から須恵器の破片が多く発見されたことから「須恵器(すえき)ヶ谷(や)」が訛ったものとかいう(大須賀町誌)。八世紀から一二世紀に操業した清ヶ谷古窯跡群がある。領主の変遷は西大淵(にしおおぶち)村と同じ。正保郷帳に村名がみえ、田方九九石余・畑方四〇石余、ほかに撰要(せんよう)寺領五三石・窓泉(そうせん)寺領一〇石・王子権現領五石がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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