清児村(読み)せちごむら

日本歴史地名大系 「清児村」の解説

清児村
せちごむら

[現在地名]貝塚市清児

近木こぎ川右岸のいわゆる木島きのしま谷五ヵ村のなかではもっとも下流部に位置する南郡の村。水間みずま街道が集落内を通過して北西なか村に至る。セイチゴともいう。村南東にあった高井たかい天神社社地には紀伊根来衆の砦であった高井城があったといわれる。天正一三年(一五八五)三月、豊臣秀吉軍の紀州根来・雑賀攻撃にあたって、根来衆および木島郷の住民らがこの砦に拠って防戦したが、福島正則軍の攻撃をうけ、主たる根来衆が戦死し落城(根来戦記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む