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根来衆 ネゴロシュウ

4件 の用語解説(根来衆の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

ねごろ‐しゅう【根来衆】

根来寺の僧兵。南北朝時代以後、特に戦国時代に鉄砲で武装して強大な勢力をもった。石山合戦石山本願寺に味方して織田信長軍と戦ったが、のち、豊臣秀吉に滅ぼされた。根来寺衆根来法師

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百科事典マイペディアの解説

根来衆【ねごろしゅう】

紀伊国根来寺僧兵集団。同寺は南北朝時代以降,紀伊・和泉・河内などの土豪・国人と結んでその子弟を入寺させ,最盛時には2700ともいわれる多くの子院を建立。本山高野山と激しく抗争していた根来寺では,こうした子院を中心に衆徒(根来衆)の武装化が進んだ。

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世界大百科事典 第2版の解説

ねごろしゅう【根来衆】

根来寺の僧兵集団。教団組織では行人衆をいう。その行動はとくに戦国時代に活発で,鉄砲を使用したことで知られる。戦国諸侯は〈金銭を以て彼らをやとい入れ〉,その数は〈つねに二万余人〉が準備されていた。文明期(1469‐87)に和泉へ進出をはじめ,細川・三好と争い,永禄年間(1558‐70)には泉南を支配した。粉河寺や高野山と領有権をめぐる争いをくり返して寺領拡大を図った。集団の指揮者は旗頭,大将とよばれ,泉職坊快厳,杉坊照算,岩室坊勢誉などが知られる。

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世界大百科事典内の根来衆の言及

【紀伊国】より

…1460年(寛正1),細川勝元に支援された政長によって義就が守護を罷免されて以降,畠山氏は両派に分裂し,紀伊国は河内・大和国とともに激しい抗争の舞台となり,これが応仁・文明の乱に発展した。50年間にもおよぶ畠山氏の抗争は16世紀初頭に終息するが,この間に勢力をたくわえてきたのが根来衆と雑賀(さいか)衆である。根来寺の急速な発展を支えたのは,紀北・泉南・南河内の新興の土豪地侍層で,彼らは山内に子院をつぎつぎと建立し,高利貸や荘園の代官請などを通じて,紀北・泉州地域の荘園を蚕食した。…

※「根来衆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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