日本歴史地名大系 「清巌寺跡」の解説
清巌寺跡
せいがんじあと
[現在地名]安岐町掛樋
懸樋山橋入院と号し、本尊は薬師如来であった。平安末期から六郷山末山本寺の一つとして栄え、一六世紀半ばの成立と思われる六郷二十八山本寺目録(太宰管内志)に名がみえ、仁聞の開基と伝える。寛文九年(一六六九)焼失した際、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
懸樋山橋入院と号し、本尊は薬師如来であった。平安末期から六郷山末山本寺の一つとして栄え、一六世紀半ばの成立と思われる六郷二十八山本寺目録(太宰管内志)に名がみえ、仁聞の開基と伝える。寛文九年(一六六九)焼失した際、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...