渡り村(読み)わたりむら

日本歴史地名大系 「渡り村」の解説

渡り村
わたりむら

[現在地名]高岡市守護町(しゆごまち)一丁目

小矢部川下流左岸、守護町村の西方に位置。「延喜式」兵部省に曰理(わたり)駅が記載され、この地に比定する説がある(越中志徴)。小矢部川と千保(せんぼ)川の合流点で、氷見(ひみ)への道に沿っており、古来より渡場として栄えた交通の要衝であった。新開方検地打渡状(「御印物類旧記」菊池家文書)によれば、寛永六年(一六二九)久助が三石余の新田を開き、翌七年から免二ツで納所すべきことが申渡されている。慶安四年(一六五一)の小物成帳(篠島家文書)には当村分として一三七匁四分とある。明暦二年(一六五六)と寛文一〇年(一六七〇)の村御印では守護町新村とともに記されている(村御印留など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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