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渡唐天神 ととうてんじん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

渡唐天神
ととうてんじん

渡宋天神ともいう。天神信仰画の一つ。菅原道真が唐に渡ったという姿を描いたもの。南北朝時代の『両聖記』に道真が夢中に径山の無準師範 (ぶじゅんしばん) に参禅し,衣鉢を伝得したという記事に基づいて描かれ,多くは道服を着て両手で梅花を持つ姿である。雪舟,賢江祥啓狩野元信などに遺作があり,室町時代の禅林で盛行した。

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世界大百科事典内の渡唐天神の言及

【北野天満宮】より

…文学の神として尊崇されたことは986年(寛和2)の慶滋保胤(よししげのやすたね)の願文に見えている。平安時代から道真が能書であると評されて,書道の神とされ,さらに,14世紀末からは渡唐天神の伝説が加わった。また,野見宿禰(のみのすくね)の後裔であるとされるところから相撲界の尊信もある。…

【禅宗美術】より

…禅宗が初期の純粋な宗教性を離れて貴族化してくると,五山を中心に文人的な気風が醸成され,詩文の流行をはじめとする多様な芸能が生じてくる。一方,中国の神仙思想的隠遁趣味は,山水を基調とした書斎軸や神仙図,三教・三祖図などを成立させ,日本の伝統文化との一体化をはかり,〈渡唐(宋)天神〉を成立させる。これらの作品の多くには詩文が着賛され,中国文人への敬慕をつよめ,李白,杜甫をはじめとする詩人たちの境涯へとすすみ,禅寺は特殊な中国文物鑑賞の場に発展した。…

【天神信仰】より

…10世紀になって菅原道真の御霊(ごりよう)(怨霊)が北野の地にまつられてから,北野天神への信仰が天神信仰を代表するかのようにさかんになったが,北野天神も雷や牛と結びつけられている。【桜井 好朗】 室町時代以降,菅原道真を文筆・学問の神とする天神信仰がたかまると,詩文にたずさわる五山の禅僧の間には〈渡唐天神〉の伝承が成立した。これは菅原道真が唐(宋)に渡って径山(きんざん)の無準のもとに参禅して衣鉢を受けたという話である。…

※「渡唐天神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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