渡瀬宿(読み)わたらせしゆく

日本歴史地名大系 「渡瀬宿」の解説

渡瀬宿
わたらせしゆく

[現在地名]七ヶ宿町 渡瀬・原

七ヶ宿街道七ヵ宿の一で渡瀬町と称した。町並は長さ二町・家数二七軒で、西の原(はら)にも宿駅を勤める屋敷一五軒があった。関(せき)宿へは二里・本荷八〇文、下戸沢(しもとざわ)宿(現白石市)へは一里六町余・本荷五三文であった(渡瀬村安永風土記)。

享保一六年(一七三一)九月に大地震があり、下戸沢宿間の材木岩(ざいもくいわ)(現白石市)一円が崩れ、通行不能となった。翌一七年春、出羽佐竹氏は参勤交代路を笹谷(ささや)街道にとり、永永利用することとしたため、七ヶ宿街道関連の宿民は江戸の秋田家中に対し、以後、笹谷・七ヶ宿両道を交替で利用するよう願出ている(嘉永二年「御用留」安藤昭一家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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