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湯和 とうわ Tang He; T`ang Ho

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

湯和
とうわ
Tang He; T`ang Ho

[生]泰定3(1326)
[没]洪武28(1395)
中国,明朝創業の功臣。濠州 (安徽省鳳陽県) の人。字は鼎臣。至正 12 (1352) 年郭子興の挙兵に従い,のち朱元璋 (→洪武帝 ) に属して戦功を重ね,御史大夫となった。同 27年には征南将軍として方国珍,陳友定を討ち,浙江,福建を平定した。

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世界大百科事典 第2版の解説

とうわ【湯和 Táng Hé】

1326‐95
中国,明朝開国の功臣。濠州(安徽省鳳陽県)の人。字は鼎臣。1352年(至正12)郭子興が挙兵するとそれに従い,のち朱元璋(太祖洪武帝)の部下となり各地に転戦,戦功を重ねた。明朝最初の御史大夫となる一方,征南将軍として浙江の方国珍,福建の陳友定を討ち,さらに徐達を助けて山西,陝西,寧夏に転戦して信国公に封じられた。また倭寇に備えるため東南沿海を巡歴し,衛所や城を築いてこれを防いだ。晩年郷里に引退したが,建国の功臣がほとんど殺されたなかにあって,恭謹な態度を守ったので天寿を全うした。

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