湯島四丁目(読み)ゆしまよんちようめ

日本歴史地名大系 「湯島四丁目」の解説

湯島四丁目
ゆしまよんちようめ

[現在地名]文京区湯島一―二丁目

湯島三丁目の北西に位置する中山道の片側町(南側)。北は円満(えんまん)寺と村田阿波守ら旗本屋敷、南は平岡与右衛門、東は越前大野藩土井家中屋敷、北西は湯島五丁目。町名由来や町立てに関することは湯島一丁目と同じ。一帯は天和二年(一六八二)のお七火事で全焼。翌三年御用地に召上げられ、神田明神下(のちの金沢町、現千代田区)と橋本(はしもと)町一―二丁目、麹町山元(こうじまちやまもと)町の各町(現同上)のうちで代地を与えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む