湯所中の惣門(読み)ゆところなかのそうもん

日本歴史地名大系 「湯所中の惣門」の解説

湯所中の惣門
ゆところなかのそうもん

[現在地名]鳥取市湯所町(ゆところちよう)一丁目・東町(ひがしまち)三丁目

湯所下(ゆところした)の惣門の北東にある郭内九つの惣門の一。現在の市立北(きた)中学校北方山側の北へ向かう道が分れる辺りにあった。門を出ると湯所中ノ町となる。古名を湯所口といい、また中ノ丁に馬場があったので、馬場口(ばばぐち)御門とも称した(鳥府志)。鳥取城からの但馬往来の出口にあたる。明暦二年(一六五六)には降雪時の町役として湯所口に雪掻人夫二人を出すことが定められている(町方御定)。正徳二年(一七一二)三月の麩屋火事の後、馬場口など三ヵ所の惣門は夜中も開けておき番人が立番をすることとされ、他の惣門は暮六つで閉鎖することが決められた。この処置はその後解かれたらしく、享保一六年(一七三一)には再び湯所口など三ヵ所の惣門以外は暮六つで閉じることとされている(因府年表)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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