湯触村(読み)ゆぶれむら

日本歴史地名大系 「湯触村」の解説

湯触村
ゆぶれむら

[現在地名]山北町湯触

河内(かわうち)川下流東岸にあり、南境を酒匂(さかわ)川が流れ、東は都夫良野(つぶらの)村、北は山市場(やまいちば)村に接し、西隣の川西(かわにし)村と村域が錯綜する。正保国絵図に「川村ノ内湯触」とあり、古くは川村(かわむら)郷に属した。

近世は小田原藩領。寛文二年(一六六二)の人馬改帳(県史四)に「中筋湯触村」と記す。文化一四年(一八一七)融通金勘定について無届で寄合をしたために百姓代が手鎖にされ、赦免願をしたところ、「徒党ケ間敷儀ニ茂相聞」により組合役人中に詫証文(県史五)を出している。万延二年(一八六一)農間炭買主一がおり、仕入炭を江戸に送り出している(「農間炭買主願書」県史九)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む