満州封禁(読み)まんしゅうふうきん(英語表記)Man-zhou feng-jin; Man-chou fêng-chin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中国,清朝がその発祥地満州 (現中国東北地方) 地域に漢人流入を防止するために実施した政策。順治1 (1644) 年の明朝滅亡により清朝は中国内地に進出し,北京を都とした。これに伴い多くの満州人が北京に移住したため,満州の人口は激減し土地が荒廃した。そのため同 10年に遼東招民令を発し,漢人の開墾を奨励した。康煕7 (68) 年に停止したが漢人の入植は進み,やがて満州人より漢人が経済的に優位に立つにいたったので,乾隆5 (1740) 年に漢人の移住を禁止する封禁令を発したのをはじめとして乾隆朝を通じ各種の封禁政策を実施し,ある程度の効果をあげた。しかし同 57年に直隷 (北京周辺) が飢饉となり,飢民の満州流入を許して以後,ときには厳禁政策も出されたが,封禁は次第に行われなくなって満州の漢人は増加した。

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