満足寺跡(読み)まんぞくじあと

日本歴史地名大系 「満足寺跡」の解説

満足寺跡
まんぞくじあと

[現在地名]えびの市末永

韓国からくに岳西方白鳥しらとり山中腹にある白鳥神社の北約三〇〇メートルの所にあった同社別当寺。白鳥山金剛乗こんごうじよう院と称し、真言宗本尊弥勒菩薩。「三国名勝図会」によると、開山は性空で、白鳥権現社勧請に伴い創建されたと伝える。初めは天台宗であったがのち荒廃し、応永年間(一三九四―一四二八)に光尊により新たに真言宗寺院として建てられた。その後光厳(寛永六年没)によって再興され、のち鹿児島大乗だいじよう院末となった(三国名勝図会)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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