コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

源保光 みなもとの やすみつ

2件 の用語解説(源保光の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

源保光 みなもとの-やすみつ

924-995 平安時代中期の公卿(くぎょう)。
延長2年生まれ。代明(よりあきら)親王の第2王子。母は藤原定方の娘。醍醐(だいご)源氏。天禄(てんろく)元年(970)参議となり,のち中納言,従二位。桃園中納言とよばれる。長徳元年5月9日死去。72歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

源保光

没年:長徳1.5.9(995.6.9)
生年:延長2(924)
平安中期の公卿。桃園中納言と称される。従二位。醍醐天皇の皇子代明親王の次男で母は右大臣藤原定方の娘。賜姓源氏。蔵人頭を経て,天禄1(970)年47歳のとき参議に任じられ,さらに中納言に進んで7年目に死去。この年は疫病が流行し,8人の公卿が他界した。火葬を嫌った保光の遺骸は,生前彼の手になった松前寺に埋葬され,のちに他の地に改葬された。妹の荘子女王村上天皇の女御になり具平親王を生んだ。邸宅は左京の一条大宮つまり大内裏と至近のところにあった桃園で,これが娘を通してその子(保光の孫)藤原行成に伝えられた。

(朧谷寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

源保光の関連キーワード平松時方桑原長義万里小路建房四條公任中納言藤原兼輔二条重良藤原顕長藤原朝成源庶明

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone