コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

源定房 みなもとの さだふさ

2件 の用語解説(源定房の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

源定房 みなもとの-さだふさ

1130-1188 平安時代後期の公卿(くぎょう)。
大治(だいじ)5年生まれ。源雅兼(まさかね)の4男。母は源能俊(よしとし)の娘。源雅定(まささだ)の養子となる。保元(ほうげん)2年(1157)参議。のち正二位,大納言。堀川大納言とよばれた。和歌,書にすぐれた。文治(ぶんじ)4年7月17日死去。59歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

源定房

没年:文治4.7.17(1188.8.11)
生年:大治5(1130)
平安末・鎌倉初期の公卿。村上源氏の権中納言雅兼の4男。母は大納言源能俊の娘。右大臣源雅定の猶子となり,美福門院に仕えて昇進。久寿2(1155)年美福門院が養育していた守仁親王(二条天皇)が東宮となると,東宮権亮となり,蔵人頭を経て保元2(1157)年参議に上る。翌年二条天皇の即位に伴って従三位に叙せられ,長寛2(1164)年には中宮藤原育子の権大夫となるなど,二条天皇に近侍した。また美福門院の死後はその娘の八条院にも仕え,応保1(1161)年に八条院の別当となる。仁安3(1168)年に大納言となり,晩年には後白河法皇の別当にもなった。

(土谷恵)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

源定房の関連キーワード豊岡尚資村上源氏花山院兼雅久我通光藤原実宗藤原長兼藤原光雅源資平源憲定源雅兼

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone