源平板屋町(読み)げんぺいいたやちよう

日本歴史地名大系 「源平板屋町」の解説

源平板屋町
げんぺいいたやちよう

[現在地名]高岡市源平町(げんぺいちよう)

三番(さんばん)町の北に続く両側町で、北は坂下(さかした)町に直交する。本町。紀州より源平という者など一一軒が移住し、繁盛した源平町と、放生津(ほうじようづ)(現新湊市)から六右衛門という者が移住して屋根板商売を始めた板屋町とが合併し、源平板屋町となったという(高岡町由緒聞書)。一番町・三番町とともに一番街(いちばんまち)通とよばれた。享保一三年(一七二八)の源平板屋町絵図(高岡市立中央図書館蔵)では役地・地子地が入交り、屋敷数六三軒。最も多い屋号が桶屋で七軒、次いで茶屋六軒、米屋・角屋が各三軒などとなっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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