源氏堀川館跡(読み)げんじほりかわやかたあと

日本歴史地名大系 「源氏堀川館跡」の解説

源氏堀川館跡
げんじほりかわやかたあと

源頼義以下為義・義朝・義経など源氏累代の住居。源頼義はその家が六条堀川にあったゆえに六条判官とよばれており(保元物語)、「平治物語」中巻には「去程ニ義朝ハ六波羅ノ合戦ニ打負ケ(中略)鞭ヲ挙テ六条堀川ノ宿所ニ馳来テ見ケレバ、軍ニ恐テ人一人モ無ニ、持仏堂ノ方ニ人音シケレバ、行テ見ルニ姫君仏前ニ経ウチ読テ御座ケル」とある。平治元年(一一五九)一二月二七日、平家の手によって焼かれており、義経入洛後に故地に再建したらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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