漆草村(読み)うるしのくさむら

日本歴史地名大系 「漆草村」の解説

漆草村
うるしのくさむら

[現在地名]棚倉町漆草

大梅おおめ村の西、八溝やみぞ山地北部の山間にあり、村内を久慈くじ川上流に注ぐ白子しろこ川が流れる。永禄一二年(一五六九)一一月三日の近津都々古別神社御頭目録(金沢文書)に、脇地として「小豆五升 漆之草うるしのくさ」とみえ、現八槻やつき都々古別つつこわけ神社の祭礼に、「山本御頭」の番編成外として小豆を納めていた。江戸時代の領主変遷上手沢かみてざわ村と同じ。元禄郷帳では大梅村枝郷として村名がみえ高四九石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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