潟端新村(読み)かたばたしんむら

日本歴史地名大系 「潟端新村」の解説

潟端新村
かたばたしんむら

[現在地名]津幡町潟端

河北潟東沿岸、南中条(みなみちゆうじよう)村の西に位置。寛文一二年(一六七二)加賀藩五代藩主前田綱紀が鷹狩に当地へ寄り開発を発意、延宝元年(一六七三)立村したという。藩は笠舞(かさまい)村(現金沢市)の御救小屋から二一軒(初め二四軒)を里子百姓として当地に居住させ、十村の大熊(おおぐま)村兵右衛門の子伊兵衛にその支配を任じた(改作所旧記)。これを補佐するため二日市(ふつかいち)村・八田(はつた)村・利屋町(とぎやまち)村(現金沢市)、大熊村・小熊(こぐま)村・北中条村・川尻(かわしり)村から七人を出百姓として選び、このうち三人を里子裁許とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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