濁川町(読み)にごりかわまち

日本歴史地名大系 「濁川町」の解説

濁川町
にごりかわまち

[現在地名]相川町濁川町

町部北側を流れる北沢(きたざわ)川(濁川)河口部左岸にできた町。南は小六(ころく)町、北部山側は坂下(さかした)町、川を挟んで右岸に炭屋(すみや)町。元禄七年(一六九四)の検地帳(相川郷土博物館蔵)では町屋敷五反余。年不詳の相川町々書上帳(舟崎文庫蔵)では町の長さは七八間。北沢川は上流を古くは銀山(ぎんざん)川、河口部を濁川とよび、当町西側の板(いた)町と大間(おおま)町の境から日本海へ流れる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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