朝日日本歴史人物事典 「瀬尾昌琢」の解説
瀬尾昌琢
生年:正保2(1645)
江戸前期の紅毛流外科医。諱は淳範。京都生まれ。寛文7(1667)年長崎出島のオランダ商館医アーノルド・ディルクセンから医学修業証書(京大図書館所蔵)を授けられている。これには阿蘭陀通詞西吉兵衛,名村八左衛門,本木庄太夫(良意)ら7人の署名捺印と検使役人の署名,花押があり,蘭医と日本人医師との接触,医術伝授の物々しさと薬法,医術の秘伝化が行われていたことがうかがわれる。この体験は『外科心鏡集』(1667)にまとめられた。のち江戸に出て幕府の奥医師となり,月俸30口を賜る。最新の西洋医学の学習で出世した医師。<参考文献>古賀十二郎『西洋医術伝来史』
(蒲原宏)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報