瀬峰宿(読み)せみねしゆく

日本歴史地名大系 「瀬峰宿」の解説

瀬峰宿
せみねしゆく

[現在地名]瀬峰町藤沢 瀬嶺

近世藤沢ふじさわ村のうちで、村東の瀬峰川沿いに立地する。奥州街道高清水たかしみず宿(現高清水町)の東方にあり、道筋は下藤沢集落で左折し、当宿を経て登米とめ郡に至る。また北の築館つきだて宿(現築館町)、南の遠田とおだ田尻たじり宿(現田尻町)と結ばれ、交通の要衝であった。「藤沢村安永風土記」によれば、町住居五一軒で、もと町としん町からなり、元町一町四一間は貞享二年(一六八五)に、新町一町一間は宝永八年(一七〇六)に割出され、「御地頭亘理伯耆様拝領町場に御座候」とある。当宿より高清水宿へは一里一八町・本荷三七文、栗原郡北方きたかた佐沼さぬま宿(現登米郡迫町)へは三里一五町余・本荷八六文、田尻宿へは二里一三町余・本荷五八文、築館宿へは二里一〇町余・本荷五八文、また下宮野しもみやの(現築館町)へは二里三四町余・本荷七三文であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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