火打谷村(読み)ひうちだにむら

日本歴史地名大系 「火打谷村」の解説

火打谷村
ひうちだにむら

[現在地名]志賀町火打谷

吉田(よしだ)村・梨谷小山(なしたにこやま)村の東にある山間の村で、中央部にある小丘を挟んで北に火打谷、南に出雲(いずも)の集落がある。地内金山谷で火打石を産出、村名の由来となったという(能登志徴)。

元和二年(一六一六)の高三七七石余、役棟は出雲・火打谷二村で五(「苦竹運上極」雄谷文書)。正保郷帳の高も同じで、田一七町三反余・畑七町八反余、免四ツ三歩。寛文一〇年(一六七〇)の村御印には高三八五石、免五ツ三歩、小物成は山役一八四匁・苦竹役四五匁、鳥役三匁(出来)とある(三箇国高物成帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む