無文元選(読み)むもん げんせん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「無文元選」の解説

無文元選 むもん-げんせん

1323-1390 南北朝時代の僧。
元亨(げんこう)3年2月15日生まれ。臨済(りんざい)宗。父は後醍醐(ごだいご)天皇という。可翁宗然,雪村友梅にまなび,元(げん)(中国)にわたって古梅正友の法をつぐ。帰国後は各地に庵をむすび,遠江(とおとうみ)(静岡県)の奥山朝藤(是栄居士)にまねかれて方広寺をひらいた。康応2=元中7年閏(うるう)3月22日死去。68歳。諡号(しごう)は聖鑑国師,円明大師

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367日誕生日大事典 「無文元選」の解説

無文元選 (むもんげんせん)

生年月日:1323年2月15日
南北朝時代の臨済宗の僧
1390年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の無文元選の言及

【慈善事業】より

… なお,南北朝~室町期には律宗の衰退にともない,このような仏教者による慈善事業はおもに禅僧と時衆によって担われるようになった。乞者に食を給した下野興禅寺の真空妙応(?‐1351),1363年(正平18∥貞治2)の阿波国の飢饉に際して貧人乞者に粥を施した春屋妙葩(しゆんおくみようは),財を捨てて癩者を沐浴させた遠江方広寺の無文元選(1323‐90),1461年(寛正2)の飢饉・疫病に際して,六角堂の前に大釜を置いて粥を炊き,飢者に施行した勧進聖願阿弥(生没年未詳)などがその例である。とくに寛正の飢饉に際しての時衆の願阿弥の活動には注目すべきものがあるが,総じて,中世における慈善事業の系統的な遂行者としては,鎌倉後期の律僧の非人救済運動をもって一つの画期とするべきである。…

※「無文元選」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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