ヨハネス7世(読み)ヨハネスななせい(その他表記)Johannes VII

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヨハネス7世」の意味・わかりやすい解説

ヨハネス7世
ヨハネスななせい
Johannes VII

[生]?. ギリシア?
[没]707.10.18. イタリアローマ
ギリシア出身とされる第86代教皇在位 705~707)。705年3月に教皇に選出された。聖母マリアへのあつい信仰とローマの教会修復への尽力で知られる。692年にビザンチン皇帝ユスチニアヌス2世(在位 685~695,705~711)がコンスタンチノープルで招集したトルッロ教会会議(→トルラーヌム)の,聖職者独身主義と断食に関する習慣否決を認めなかった。

ヨハネス7世
ヨハネスななせい
Johannes VII Palaeologus

[生]1360
[没]1410頃
ビザンチン皇帝 (在位 1390) 。アンドロニクス4世の子。ヨハンネス (ヨアンネス) 7世とも呼ばれる。 1390年スルタン,バヤジッドの援助を受け,叔父マヌエル2世に先んじて即位したが,父の死後帝位を叔父に渡さざるをえなかった。叔父の外遊中 (99~1402) は摂政をつとめ,オスマン・トルコと和平条約を結ぶが,叔父の帰国後,条約は否認されテッサロニカ総督に左遷された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む