熊坂越(読み)くまさかごえ

日本歴史地名大系 「熊坂越」の解説

熊坂越
くまさかごえ

大聖寺(だいしようじ)町から牛(うし)ノ谷(や)峠を経て越前へ抜ける道で、加賀・越前両国とも峠の麓に熊坂村がある。気比(けひ)神宮(現福井県敦賀市)の神楽歌(承徳本古謡集)に「道の口熊坂山のや葛の葉の揺ける我を夜独り寝よとや神の夜独り寝よとやおけ」とあり、牛ノ谷峠のある一帯の山地が熊坂山と考えられる。「源平盛衰記」によると、寿永二年(一一八三)五月二日、敗走する北国武士を追って加賀に侵攻した平維盛軍は「後陣ハ黒崎・橋立・追塩・塩越・熊坂山・蓮浦・牛山カ原」まで陣を連ねたが(巻二八)、同年六月一日篠原(しのはら)の合戦で平家軍は惨敗、木曾義仲軍に福田(ふくだ)・熊坂・江沼(えぬま)辺りまで追撃されたという(巻三〇)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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