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片倉衷 かたくら ただし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

片倉衷 かたくら-ただし

1898-1991 昭和時代前期の軍人。
明治31年5月18日生まれ。昭和5年関東軍参謀部付となり,満州事変で活動。統制派とみなされ,二・二六事件では皇道派の磯部浅一に狙撃(そげき)された。12年関東軍参謀,のち陸軍少将,第二百二師団長。「満州事変機密政略日誌」をのこした。平成3年7月23日死去。93歳。福島県出身。陸軍大学校卒。

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世界大百科事典内の片倉衷の言及

【士官学校事件】より

…同年8月陸軍士官学校の生徒隊中隊長に就任した辻政信大尉は,腹心の士官候補生を使って,士官候補生に影響を及ぼしていた皇道派青年将校村中孝次大尉(陸軍大学校在学中)から,皇道派が11月27日召集の第66臨時議会の前後にクーデタを計画しているという情報を探りださせた。辻はこの情報を憲兵司令部および先輩の片倉衷少佐に注進し,11月20日村中や磯部浅一一等主計らが緊急逮捕された。35年3月第1師団軍法会議は証拠不十分として不起訴処分の決定を下したが,村中,磯部ら3名は停職となった。…

【統制派】より

…皇道派に比べて派閥としての実態は明確でなく,皇道派による派閥人事や,その観念性,および皇道派に連なる急進的な隊付青年将校の行動を統制をみだすものとして反発する反皇道派の中央幕僚層の総称とみなすべきであろう。永田鉄山,東条英機,片倉衷らがその中心と目される。1933年11月,池田純久らの幕僚将校が,急進青年将校の横断的運動をやめさせようと,そのリーダーたちと会見し,ものわかれに終わったのが反皇道派グループ登場の契機とみられる。…

※「片倉衷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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