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皇道派 こうどうは

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

皇道派
こうどうは

1930年代の旧日本陸軍部内の一派閥。統制派と激しく抗争した。 1931年,三月事件後,退任した宇垣一成の跡を継いで陸相となった荒木貞夫真崎甚三郎を中心として形成。北一輝,西田税らも接触していた。

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デジタル大辞泉の解説

こうどう‐は〔クワウダウ‐〕【皇道派】

旧日本陸軍内部の一派閥。荒木貞夫真崎甚三郎を中心に、昭和7年(1932)ごろから勢力をもった。クーデターによる国家改造を計画したが、統制派と対立、二・二六事件の失敗により衰退した。

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百科事典マイペディアの解説

皇道派【こうどうは】

日本陸軍内の派閥。荒木貞夫,真崎甚三郎らが中心。十月事件後荒木陸相は宇垣一成陸相時代に形成された宇垣派を排除し,自派の派閥を形成。皇道精神を主唱するなど極端な精神主義で急進派青年将校の支持を獲得。
→関連項目北一輝粛軍山下奉文

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世界大百科事典 第2版の解説

こうどうは【皇道派】

昭和期の陸軍部内の派閥。1920年代後半,宇垣一成陸相のもとで形成された宇垣閥に反発した一派の系譜をひく荒木貞夫真崎甚三郎を中心とする派閥。陸相時代の荒木が国軍を皇軍といったり,皇道精神を唱えたりしたことから,皇道派という呼称が生まれた。満州事変前夜からの陸軍部内の〈国家革新〉的気運のなかで,1933年まで陸軍部内の実権をにぎった。荒木陸相,真崎参謀次長以下,柳川兵助陸軍次官,山岡重厚軍務局長,松浦淳六郎人事局長,小畑敏四郎参謀本部第三部長,秦真次憲兵司令官,持永浅治東京憲兵隊長らの皇道派が陸軍の要職を占め,さらに平野助九郎・満井佐吉ら佐官級軍人,荒木の〈革新〉的姿勢に期待を抱いた急進的な隊付青年将校もこれに連なった。

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大辞林 第三版の解説

こうどうは【皇道派】

昭和初期の旧陸軍内の一派閥。荒木貞夫・真崎甚三郎らが中心。クーデターによる国内改造をめざす青年将校らに支持されたが、統制派が形成されて対立。二・二六事件の失敗による粛軍で衰退。

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世界大百科事典内の皇道派の言及

【相沢事件】より

…1935年8月12日相沢三郎陸軍中佐が,統制派の陸軍省軍務局長永田鉄山を白昼省内で斬殺した事件。相沢は1931年青森の歩兵第5連隊大隊長就任後,十月事件が計画されるころより,同連隊付の大岸頼好中尉を通じて皇道派の青年将校と接触を深め,その思想に傾倒していった。34年3月永田が軍務局長に就任するや,荒木貞夫陸相の後を受けた林銑十郎陸相の下で軍中央部からの皇道派追放の圧力が強まり,士官学校事件をめぐり青年将校運動のリーダー村中孝次,磯部浅一が停職処分(のち免職)をうけると,直情的な相沢の憤激はきわまった。…

【右翼】より

…観念右翼には国本社建国会,血盟団,神兵隊,大日本生産党,大東塾など,革新右翼には経倫学盟,日本国家社会党,新日本国民同盟,日本革新党など,中間派には東方会,大日本青年党,国粋大衆党などがあったが,中間派は思想上の立場からいえば革新右翼に分類することも可能である。これらの右翼団体の多くは軍部内のファッショ的革新派や革新官僚と結びついていたが,観念右翼は皇道派に,革新右翼と中間派の多くは統制派に親近感をいだいていた。テロをともなう彼らの運動は,満州事変前後から活発化したが,多くは大衆的基盤が弱く,理論性に乏しく,非合法活動に走った場合には弾圧されるなど,全体としては政治のファッショ化を促進する役割を果たしたにとどまった。…

【軍閥】より

…(1)軍隊の上層部が軍事力を背景に政治的特権を握った場合,(2)出身地,地位,政策などによってつくられた軍隊内のグループが,政治的行動を行う場合,(3)地方に割拠した軍事集団が,独立の地方勢力となった場合など,それらの集団・グループを指す用語として使われている。プロイセンや第2次大戦前の日本のように,軍隊が優越した政治的地位を占めている場合にその上層部を軍閥というのは(1)の場合であり,明治以後の陸軍における長州閥,海軍における薩摩閥や,昭和期の陸軍における皇道派,統制派,海軍における条約派,艦隊派などを軍閥というのは(2)の場合であり,辛亥革命後の中国における各地の半独立勢力や,西南戦争直前の薩摩の私学校党などは(3)の場合である。また(1)の範疇に属するが,南アメリカ諸国などでときおりみられるように,他国の支援をうけた軍人の一派が政治的実権を握るような場合もある。…

【統制派】より

…昭和期,陸軍内の皇道派に反対する派閥。皇道派に比べて派閥としての実態は明確でなく,皇道派による派閥人事や,その観念性,および皇道派に連なる急進的な隊付青年将校の行動を統制をみだすものとして反発する反皇道派の中央幕僚層の総称とみなすべきであろう。…

【二・二六事件】より

…1936年2月26日に起こった皇道派青年将校によるクーデタ。満州事変開始前後から対英米協調・現状維持的勢力と,ワシントン体制の打破をめざし国家の改造ないし革新をはかる勢力との抗争が発展し,さらに後者の最大の担い手である陸軍内部に,国家改造にあたって官僚・財界とも提携しようとする幕僚層中心の統制派と,天皇に直結する〈昭和維新〉を遂行しようとする隊付青年将校中心の皇道派との対立が進行した。…

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