牛岐城跡(読み)うしきじようあと

日本歴史地名大系 「牛岐城跡」の解説

牛岐城跡
うしきじようあと

[現在地名]阿南市富岡町

富岡(とみおか)城ともいう。標高約二〇メートルの独立した小山に築かれた平山城跡で、市街地の中心部に位置する。大正二年(一九一三)の道路開発によって城(しろ)山は南北二つの小山に分断され、その後も次々と周囲を削られてしまって見る影もない。往時は瓢箪形に南北に長く延びた小山で、北を琴江(ことえ)川(桑野川の支流)に面し、古図(富岡町志)によると南・東・西の三方を広い水濠で囲まれていたと推測される。また城山の南端近くの最高所に本丸、その南側の麓に城主居館があったと推定できる。本丸跡には忠魂碑、その隣には産業展示館があり、北側の山上には新開(しんがい)神社が建っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む