牛込原町一丁目(読み)うしごめはらまちいつちようめ

日本歴史地名大系 「牛込原町一丁目」の解説

牛込原町一丁目
うしごめはらまちいつちようめ

[現在地名]新宿区原町はらまち一丁目

市谷川田ヶ久保いちがやかわだがくぼ町・同やなぎ町の西に位置する。両町辺から西へ向かい、尾張藩下屋敷である戸山とやま荘に至る通り(川田ヶ久保往還、ほぼ現在の大久保通)両側に位置する済松さいしよう寺領の年貢町屋で、西に二丁目・三丁目が続く。南は旗奉行同心組屋敷・経王きようおう寺・牛込松雲寺うしごめしよううんじ門前など、北は根来組および鑓組の同心組屋敷。町の規模はいずれも田舎間で、通りの南側が東西表間口三四間余、南北裏行は東の方で五間余、西の方で一七間、通りの北側は東西表間口が五八間余、南北裏行は西の方で一九間余、中ほどで二七間余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む