牛込改代町(読み)うしごめかいたいまち

日本歴史地名大系 「牛込改代町」の解説

牛込改代町
うしごめかいたいまち

[現在地名]新宿区改代町かいたいまち、文京区関口せきぐち一丁目

牛込水道うしごめすいどう町の西に位置する。赤城あかぎ坂を下り、北上して江戸川を渡り、小日向水道こびなたすいどう(現文京区)に通じる通りの両側町で、南は先手組大縄地など、西は中里なかざと村など、北は小日向西古川こびなたにしふるかわ(現文京区)。当地は寛永年中(一六二四―四四)には牛込村田畑で百姓たちの居屋敷があった。承応三年(一六五四)に百姓らが沼や堀などの場所も居屋敷にしたいが、築立てる力がないと訴えたところ、寺社奉行松平信綱らから、年々妻子共々で塵芥によって築立て、次第に町屋に取立てるようにと命じられたのが当町の始まりで、この経緯をのちに新地奉行に申立てた折にも御構いはなかったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む