牟岐城跡(読み)むぎじようあと

日本歴史地名大系 「牟岐城跡」の解説

牟岐城跡
むぎじようあと

[現在地名]牟岐町川長

標高約五〇メートルの小山(観音山とも)に築かれた山城の跡。城域の中心部は三一メートルほどの楕円形を呈し、周囲は墓地などとなっている。南麓八幡神社海蔵かいぞう寺、中腹金刀比羅こんぴら神社がある。戦国期、牟岐大膳允が在城したとされ(城跡記)、天正三年(一五七五)に長宗我部元親に降伏したという(元親記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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