狩野永悳(読み)かのう えいとく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「狩野永悳」の解説

狩野永悳 かのう-えいとく

1815*-1891 江戸後期-明治時代画家
文化11年12月15日生まれ。狩野伊川の5男。中橋狩野家の邦信の養子となり,その跡をつぐ。安政4年法眼(ほうげん)となる。明治11年(1878)来日したフェノロサ日本画を教授。内国勧業博覧会などの審査員をつとめ,23年帝室技芸員となった。明治24年1月29日死去。78歳。名は立信。別号に晴雪斎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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