猪小路村(読み)いのこうじむら

日本歴史地名大系 「猪小路村」の解説

猪小路村
いのこうじむら

[現在地名]西伯町猪小路

北方(きたがた)村の南西、北方川の中流域、メイゲ平(ひら)山(二二九メートル)の東麓に位置する。北方川沿いの狭い平地に耕地が開ける。北の才(さい)ヶ峠を越せば出雲国関(せき)村(現島根県伯太町)、西の渡田(わただ)峠を越せば同国宮内(みやうち)村(現同上)。拝領高は三二八石余、本免は四ツ七分。倉吉荒尾分家の荒尾氏の給地があった(給人所付帳)。幕末の六郡郷村生高竈付では生高三六三石余、竈数四〇。「伯耆志」では家数四〇・人数一七〇、林二八町五反余。正徳年間(一七一一―一六)には船越助次郎が(西伯町誌)、延享年間(一七四四―四八)には船越平助が大庄屋を勤めていた(鳥取県史)。享保四年(一七一九)抜荷改所が置かれ(藩史)、文久二年(一八六二)には他国人の入国を取締る者一人を置き、翌三年には番所木戸を設置し下番二人が置かれた(在方諸事控)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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