猿丸村(読み)さるまるむら

日本歴史地名大系 「猿丸村」の解説

猿丸村
さるまるむら

[現在地名]荘川村猿丸

惣則そうのり村からしよう川沿いに北西に下った村で、高山街道が通り、左岸に枝村の敷原ひきはら(引原)がある(斐太後風土記)。元禄飛騨国検地反歩帳に村名がみえ、高四石余、田七反余・畑一町三反余。「飛騨国中案内」によれば免は三割二分三厘、家数一二、うち百姓五・門屋四・家抱三。「斐太後風土記」の高一三石余、焼畑二町一反余、ほか四町三反余、家一一・人数八〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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