猿引町(読み)さるひきまち

日本歴史地名大系 「猿引町」の解説

猿引町
さるひきまち

[現在地名]米沢市徳町(とくまち)・信夫町(しのぶまち)

信夫町から直角に北に延びる道の両側の下級家臣屋敷町。徳正寺(とくしようじ)町とも称された(享保一〇年城下書上ほか)。「米府鹿子」には猿ヶ町と徳正寺町がみえる。徳正寺(徳昌寺とも)は直江氏の菩提寺で、兼続が米沢に入城後、越後与板(よいた)(現新潟県三島郡与板町)から当町に移転し、曹洞宗僧録所であった。寛永八年分限帳によれば寺領一〇〇石。ところが同一四年直江氏後室於千の方が没し直江家が絶えると、上杉家菩提寺の林泉(りんせん)寺との間で禄所をめぐり争論が起こった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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