猿投村(読み)さなげむら

日本歴史地名大系 「猿投村」の解説

猿投村
さなげむら

[現在地名]豊田市猿投町

市域の北端にあって、背後に猿投山を控える。集落は、猿投川によって開析された谷沢地に南北に細長く形成されている。村域には、縄文時代の神郷下(じんごうした)遺跡と地家(じけ)第一―三号墳・神郷第一―三号墳(ともに滅失)、広沢(ひろさわ)第一―二号墳・池田(いけだ)第一―三号墳が発見されている。

中世は高橋(たかはし)庄猿投神郷の地と考えられている。延応元年(一二三九)の神郷真重名検注状写(猿投神社文書)に「神郷真重名田坪付事」とあり「神郷」の名がみえる。このなかに、葦迫・ナラシ・八講田・壇仏田・法花経田・灌仏田・野依などの地名が記される。ちなみに葦迫は二筆で記される。猿投神社文書の延応元年から延文四年(一三五九)の間に神郷として一三の名が確認できる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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