玉井伊三郎(読み)タマイ イサブロウ

20世紀日本人名事典 「玉井伊三郎」の解説

玉井 伊三郎
タマイ イサブロウ

昭和期の考古学者 吉備考古学会副会長。



生年
明治21(1888)年6月11日

没年
昭和42(1967)年4月2日

出生地
岡山県岡山市

別名
幼名=房治

学歴〔年〕
関西中学校卒

経歴
家業である青果商に従事しながら、タマヰ炊事器具研究所を興し、台所や炊事器具の改良・改善に当たった。その一方、考古学の研究を進め、昭和2年同好の士と共に考古談話会を結成。同会はのちに岡山考古会・吉備考古会・吉備考古学会に改称するが、一貫して副会長として会誌「吉備考古」(のち「吉備文化」に改題)の執筆編集を担当した。この間、昭和4年岡山県で収集した古瓦をまとめて「吉備古瓦図譜」として刊行し、学会を裨益した。戦後も研究を続け、地方史学の発展に貢献。また、弓道にも秀で(五段)、岡山県弓道連盟会長を務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「玉井伊三郎」の解説

玉井伊三郎 たまい-いさぶろう

1888-1967 昭和時代の考古学者。
明治21年6月11日生まれ。岡山県内各地の古瓦を収集し,昭和4年「吉備(きび)古瓦図譜」を発刊。また,吉備考古学会副会長として雑誌「吉備考古」の執筆,編集につとめた。昭和42年4月2日死去。78歳。岡山県出身。関西(かんぜい)中学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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