玉永寺(読み)ぎよくえいじ

日本歴史地名大系 「玉永寺」の解説

玉永寺
ぎよくえいじ

[現在地名]富山市水橋辻ヶ堂

白岩しらいわ川左岸、通称水橋西大町みずはしにしおおまちに位置する。浄土真宗本願寺派、黄鳥山と号する。本尊阿弥陀如来。文明元年(一四六九)宝寿の開基とされ(貞享二年寺社由緒書上)、宝寿は市田いちだ鶯野うぐいすのの石川越中守の末孫という(正徳四年「由緒書上」玉永寺文書)。天文一四年(一五四五)一一月に守護代の神保長職が宝寿宛に制札を下しているが(「神保長職制札」玉永寺文書)、この宝寿を開基としたものか。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む