玉河郷(読み)たまがわごう

日本歴史地名大系 「玉河郷」の解説

玉河郷
たまがわごう

さかい川左岸の現玉川たまがわ付近に比定される中世の郷。安貞二年(一二二八)三月三〇日の関東下知状(三嶋大社文書)に「三嶋宮領伊豆国玉河郷」とみえ、当郷は元久二年(一二〇五)閏七月に同社に寄進され、郷司職を神主の盛重が知行してきた。しかし承久二年(一二二〇)二月、盛重の姉伊豆局が地頭に補任され、伊豆局は盛重を代官に任命し、以後盛重・光盛・盛忠らが地頭代官として地頭職と郷司職の執務を行ってきた。ところが地頭伊豆局と代官の久盛が不仲となり、地頭屋敷二町七段大以外の事柄にはかかわらないよう久盛が主張したため地頭が訴え、安貞二年散田は地頭の沙汰、所当収納は郷司の沙汰であるとの判決が下された(以上、前掲関東下知状)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 さかい 玉川

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android