玉造紀伊国町(読み)たまつくりきのくにまち

日本歴史地名大系 「玉造紀伊国町」の解説

玉造紀伊国町
たまつくりきのくにまち

[現在地名]東区法円坂ほうえんざか一丁目・うえ町一丁目

単に紀伊国町ともいう。上堺うえさかい町の東に延びる両側町で、南北は城代組屋敷に接する。町の東部の坂をほくち(伊勢屋坂)といい、伊勢屋という火口屋があったための名称という(大阪府全志)。豊臣時代には浅野幸長邸があり、幸長が紀伊守であったところから町名が生じたといわれる。明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図に「きの国町」とみえる。町名について、宝暦三年(一七五三)以前の水帳奥書写(安政三年「水帳」大阪市立中央図書館蔵)には玉造を付けず、安永七年(一七七八)水帳写(同上)以降はすべて玉造を冠する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む