瓜生津村(読み)うりゆうづむら

日本歴史地名大系 「瓜生津村」の解説

瓜生津村
うりゆうづむら

[現在地名]八日市市瓜生津町

土器(どき)村の北東、上大森(かみおおもり)村の東にあり、東は石谷(いしだに)村(現神崎郡永源寺町)。村名は中世に瓜の産地であったことによるとも、湿地の名にちなむともいわれる。天文一八年(一五四七)一二月四日の神人足子入目日記(今堀日吉神社文書)に「瓜王頭」とみえ、足子年貢六〇文を今堀(いまぼり)へ納めており、保内商人に属す足子商人がいたと考えられる。寛永石高帳には瓜生村と記され、高六六八石余、彦根藩領。元禄八年大洞弁天寄進帳では人数三七〇(男一八二・女一七九、寺社方男七・女二)。用水に乏しい段丘面に位置しているため、南部山地の峠(とうげ)溜池や古師谷(ふるすだに)溜池、集落に接した御坊(おんぼ)溜池、集落北部の北堤(きたづつみ)溜池など多数の溜池が築かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む